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特急カメ号
2007年 09月 18日 |
やっと涼しくなったと思ったら、まだまだ暑い日が続きます。
あと2週間で10月なのに...(汗)。

今日の話題は、マニアックなのでサクサクと読み飛ばして下さいませm(_ _)m
特急カメ号_f0138807_10493822.jpg
高崎K邸の現場に向かう時、利根川の北岸を車で走ります。
もうすぐ、刀水橋というところで右手に古い建造物があります。(上の写真です)
『たぶん昔の橋脚だろうな〜』
なんて、少し気になって見ていました。
でも、利根川内にはそんな痕跡はないので、ずっ〜と???でした。
...で、色々ネットで調べると...



この橋脚は東武熊谷線のものだったのです。
ここで、東武熊谷線とは...

東武熊谷線とは昭和17年2月に太平洋戦争の軍需路線として現在の埼玉県熊谷市と群馬県大泉町を結ぶ延長13kmの鉄道として計画されたものです。戦時中の為に資材不足に陥りその解決策として当時複線化されていた東武日光線の一部を単線化(日光線はその後、昭和48年に複線に戻りました)し、その余った資材を利用して建設が行われ昭和18年12月5日に熊谷〜妻沼間10.1kmの部分営業を開始しました。その後、利根川橋梁建設に入りましたが、昭和20年8月15日の終戦を迎えることになり工事は治水上の安全を図るために橋脚を完成させた後、昭和22年7月に工事中止となりました。昭和29年2月より蒸気機関車に変わってキハ2000形ディーゼルカーが走り始めましたが、営業が振るわず昭和49年に未開通部分の廃止許可を行い、未完のまま昭和58年5月31日に熊谷〜妻沼間の営業廃止を迎えました。(参考文献 東武鉄道100年史)

特急カメ号_f0138807_17405992.jpg
↑この地図の赤線が妻沼〜西小泉を結ぶ幻の路線です。
青印の一つが写真の橋脚の位置です。もう一つが旧妻沼駅の位置です。

これで、なぜ橋脚がこんなところにあるか、なぜ東武小泉線の終点西小泉駅が「あさって」の方向を向いているかが解明されました。
あ〜、すっきりした(笑)。
特急カメ号_f0138807_11102617.jpg
↑妻沼駅があったところを利根川方面から見ます。
右手の草ボウボウのところがかつて駅でした。
近くにおばあちゃんがいたので、昔の話を色々伺いました。突然だったにもかかわらず、
ありがとうございました<(_ _)>
特急カメ号_f0138807_11164421.jpg
↑熊谷線を走っていた電車です。妻沼駅近くの資料館に保存されています。
う〜ん、レトロなデザインがグッドです(・o・)
当時は、速度が遅く高校生が走った方が速いと言うことで『特急カメ号』と
呼ばれていたそうです(汗)。
でも『カメ』なのに、なぜ『特急』なの???

自称『ローカル線好き』としては、色々勉強になりました。
by taishi_mizoguchi | 2007-09-18 11:29 | □乗り物 |
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